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福井地方裁判所 昭和56年(わ)110号 判決 1981年8月31日

被告人 鈴木市三郎

昭一四・八・一生 自動車運転手

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大型貨物自動車を所有し、これを運転して貨物の運送業務に従事しているものであるが、右自動車を運転し、群馬県邑楽郡板倉町大字岩田一二八八番地所在の板倉農業協同組合から高速道路を利用して福井市大和田町所在の福井市中央卸売市場等へ青果物を運送するに際し、高速道路の通行料金の支払いを免れようと考え

第一  昭和五六年五月一四日午後六時二四分ころ、神奈川県川崎市高津区土橋四丁目一三番地一号所在の東名高速道路川崎インターチエンジで「入口東名川崎」の通行券(昭和五六年押第三九号の5)を受領して東名高速道路に入り、その後米原インターチエンジを経由して北陸自動車道武生インターチエンジを通過し、翌一五日午前一時一〇分ころ、福井県坂井郡丸岡町小黒六一号四番地二所在の日本道路公団北陸自動車道丸岡インターチエンジに到着したが、同インターチエンジを出るに際し、同料金所係員木戸大三郎に対し、真実は右のとおり川崎インターチエンジから通行してきたのにこれを秘し、あたかも当日武生インターチエンジから北陸自動車道に入つて同所から通行してきたように装い、あらかじめ自己が所持していた同年四月三〇日午前七時五〇分武生インターチエンジ発行にかかる「入口武生」の通行券(同年四月二九日滑川インターチエンジ発行にかかる「入口滑川」の通行券を同月三〇日丸岡インターチエンジを強行突破してこれを浮かし、同日武生インターチエンジで交付を受けた「入口武生」の通行券を本来流出箇所の豊中インターチエンジで差し出すべきところ、右無効の「入口滑川」の通行券を差し出して「入口武生」の通行券を不正に残留させたもの)(同号の2)とともに右武生インターチエンジから丸岡インターチエンジまでの通行料金九〇〇円を添えて同人に差し出し、同人をして右通行券が当日武生インターチエンジで受領したもので同所から通行してきたものであるものと誤信させ、よつて東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道丸岡インターチエンジ間の通行料金一万四〇〇円から右九〇〇円を差引いた九、五〇〇円相当の料金の支払いを免れ、

第二  同年五月一七日午後七時一六分ころ、前記第一記載の東名高速道路川崎インターチエンジで前同様「入口東名川崎」の通行券(同号の4)を受領して東名高速道路に入り、その後米原インターチエンジを経由して北陸自動車道武生インターチエンジを通過し、翌一八日午前二時二六分ころ、前記第一記載の北陸自動車道丸岡インターチエンジに到着したが、同インターチエンジを出るに際し、同料金所係員中山茂雄に対し、真実は右のとおり川崎インターチエンジから通行してきたのにこれを秘し、あたかも当日武生インターチエンジから北陸自動車道に入つて同所から通行してきたように装い、あらかじめ自己が所持していた同月一五日午前四時六分武生インターチエンジ発行にかかる「入口武生」の使用済の通行券(同日午前七時五七分北陸自動車道から米原バリアを通過・検札を受け、名神高速道路に出た旨裏面に刻印されているもので、本来流出箇所の豊中インターチエンジで差し出すべきもの)(同号の1)とともに右武生インターチエンジから丸岡インターチエンジまでの通行料金九〇〇円を添えて同人に差し出し、同人をして右通行券が当日武生インターチエンジで受領したもので同所から通行してきたものであるものと誤信させ、よつて東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道丸岡インターチエンジ間の通行料金一万四〇〇円から右九〇〇円を差引いた九、五〇〇円相当の料金の支払いを免れ、

第三  同月二四日午後六時一〇分ころ、前記第一記載の東名高速道路川崎インターチエンジで前同様「入口東名川崎」の通行券(同号の6)を受領して東名高速道路に入り、その後米原インターチエンジを経由して北陸自動車道武生インターチエンジを通過し、翌二五日午前零時三四分ころ、前記第一記載の北陸自動車道丸岡インターチエンジに到着したが、同インターチエンジを出るに際し、同料金所係員木戸大三郎に対し、前同様真実は右のとおり川崎インターチエンジから通行してきたのにこれを秘し、あたかも当日武生インターチエンジから北陸自動車道に入つて同所から通行してきたように装い、あらかじめ自己が所持していた同月一八日午前六時武生インターチエンジ発行にかかる「入口武生」の使用済みの通行券(同日午前九時二六分北陸自動車道から米原バリアを通過・検札を受け、名神高速道路に出た旨裏面に刻印されているもので、本来流出箇所の豊中インターチエンジで差し出すべきもの)(同号の3)とともに右武生インターチエンジから丸岡インターチエンジまでの通行料金九〇〇円を添えて同人に差し出し、同人をして右通行券が当日武生インターチエンジで受領したもので同所から通行してきたものであるものと誤信させ、よつて東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道丸岡インターチエンジ間の通行料金一万四〇〇円から右九〇〇円を差引いた九、五〇〇円相当の料金の支払いを免れ、

第四  同月二六日午後七時三六分ころ、前記第一記載の東名高速道路川崎インターチエンジで前同様「入口東名川崎」の通行券(同号の9)を受領して東名高速道路に入り、その後米原インターチエンジを経由して北陸自動車道武生インターチエンジを通過し、翌二七日午前三時三〇分ころ、前記第一記載の北陸自動車道丸岡インターチエンジに到着したが、同インターチエンジを出るに際し、同料金所係員中屋積に対し、前同様真実は右のとおり川崎インターチエンジから通行してきたのにこれを秘し、あたかも当日武生インターチエンジから北陸自動車道に入つて同所から通行してきたように装い、あらかじめ自己が所持していた同月二五日午前三時四六分武生インターチエンジ発行にかかる「入口武生」の使用済の通行券(同日午前七時三四分北陸自動車道から米原バリアを通過・検札を受け、名神高速道路に出た旨裏面に刻印されているもので、本来流出箇所の大阪府内のインターチエンジで差し出すべきもの)(同号の7)とともに右武生インターチエンジから丸岡インターチエンジまでの通行料金九〇〇円を添えて同人に差し出し、同人をして右通行券が当日武生インターチエンジで受領したもので同所から通行してきたものであると誤信させ、よつて東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道丸岡インターチエンジ間の通行料金一万四〇〇円から右九〇〇円を差し引いた九、五〇〇円相当の料金の支払いを免れ、

第五  同月二八日午後七時三四分ころ、前記第一記載の東名高速道路川崎インターチエンジで前同様「入口東名川崎」の通行券(同号の10)を受領して東名高速道路に入り、その後米原インターチエンジを経由して北陸自動車道武生インターチエンジを通過し、翌二九日午前二時四〇分ころ、福井市稲津町一六号七番地所在の日本道路公団北陸自動車道福井インターチエンジに到着したが、同インターチエンジを出るに際し、同料金所係員瀬戸川光治に対し、真実は右のとおり川崎インターチエンジから通行してきたのにこれを秘し、あたかも当日武生インターチエンジから北陸自動車道に入つて同所から通行してきたように装い、あらかじめ自己が所持していた同月二七日午前六時三六分武生インターチエンジ発行にかかる「入口武生」の使用済の通行券(同日午前一一時北陸自動車道から米原バリアを通過・検札を受け、名神高速道路に出た旨裏面に刻印されているもので、本来流出箇所の吹田インターチエンジで差し出すべきもの)(同号の8)とともに右武生インターチエンジから福井インターチエンジまでの通行料金五〇〇円を添えて同人に差し出し、同人をして右通行券が当日武生インターチエンジで受領したもので同所から通行してきたものであると誤信させ、よつて東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道福井インターチエンジ間の通行料金一万一〇〇円から右五〇〇円を差引いた九、六〇〇円相当の料金の支払いを免れ

もつて、それぞれ財産上不法の利得を得たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一  判示各所為  刑法二四六条二項

一  併合加重   同法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第五の罪の刑に法定の加重)

一  刑の執行猶予 同法二五条一項

一  訴訟費用   刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件は、いずれも被欺罔者である通行料金徴収員に財産上の処分行為があつたものとはいえないので、詐欺利得罪を構成しない旨主張するので、この点につき判断する。

前掲関係証拠によれば、日本道路公団の運営管理下にある有料道路の通行料金は、利用者が有料道路の入口で、その日時及び入口名が記載された通行券の交付を受けた上、同所から自己が欲するインターチエンジまで通行し、同インターチエンジを出る際、先に入口で交付を受けた右通行券を料金所係員に提示して当該通行区間の料金を精算する料金後払い制になつているところ、本件は、被告人において、いずれも、流入の当初から通行料金払いの意思を有しないまま、東名高速道路川崎インターチエンジから北陸自動車道丸岡インターチエンジ(判示第一ないし第四の場合)あるいは福井インターチエンジ(判示第五の場合)まで通行してきた上、右各インターチエンジを出るに際し、同料金所の料金徴収員に対し、判示の如き不正な手段・方法によりあらかじめ取得所持していた使用済みにより無効「入口武生」の通行券を、あたかも当日武生インターチエンジで交付を受けたうえ、同所から通行してきたものであるかのように装つて提示し、右「武生―丸岡」間あるいは「武生―福井」間の通行料金を支払つたのみで、右料金所を通行したものであつて、右通行券の提示は、被告人が右のとおり正規の通行料金を不法に免脱する目的を達成するための欺罔手段としてなされたことは明白であり、従つて右提示行為は被告人が正常な通過者を装うためになした積極的な仮装欺罔行為にほかならない。

ところで、入口東名川崎インターチエンジから流入してきた被告人としては、出口の右丸岡あるいは福井インターチエンジを流出するに当り、同料金所の係員に対し「入口東名川崎」の通行券を提示したうえ、右通行区間の正規料金を支払うべき義務があり、他方右料金所の料金徴収員にはその支払を請求する権利があることは言うまでもないところ、本件において右出口の料金所の料金徴収員において、「入口武生」の無効な通行券を提示し、「武生―丸岡」間あるいは「武生―福井」間の通行料金のみを支払つたにとどまる被告人に対し当該料金所から流出するのを許容したのは、右欺罔手段に供された無効な通行券が当日武生インターチエンジで交付を受けた有効なものであり、被告人の運転する車両が武生インターチエンジから流入してきたものであるという錯誤に陥り、本来当然請求すべき「東名川崎―丸岡」間あるいは「東名川崎―福井」間の通行料金の支払いを請求せず、前記の如き過少の通行料金の支払いを請求するにとどまるのを余儀なくせしめられたからであつて、右認定の事実関係及び説示するところに鑑みると、料金徴収員の右通行料金の過少請求行為を目し詐欺利得罪の構成要件をなす財産的処分行為にあたるというべきであり、弁護人が引用する東京高裁昭和三五年二月二二日判決(東高時報一一巻二号四三頁)が乗越の乗客が、精算せずして下車駅を出場する行為と詐欺罪の成立について判示するところは、当該事案の被告人において単に中間駅までの乗車券を下車駅の係員に提示して事実上出場したという事実関係を踏まえた傍論に過ぎず、かつ右係員が免除の意思表示をすることが詐欺利得罪成立のための必要な構成要件であるとする点等は、必ずしも全面的に首肯し得ないところであるうえ、本件は前記の如く積極的な欺罔手段を講じて事実上出口で即時支払うべき通行料金の免脱を得て流出したという事案であるから、両事案の事実関係は相異なり、結局前記判例は本件に適切なものとは解されない。

以上により弁護人の前記主張は採用の限りではない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 木村幸男)

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